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2007年1月11日 (木)

利他の精神

昨年末から、このブログ

どうやって構成して行こうかなとか

どういう方向性で進めて行けばいいのかなとか

色々、考えていました。

ここにわざわざ書き表さないだけで

まさに水面下で

私にとって、不本意な事が次々発生していた時期もあったし

表立って私を非難している人もいる事は知っています。

最近では

「これ以上、ややこしい事態に首を突っ込んだら

処理能力超えるかも…(´・ω・`)?」

って思う時も多々あります。

率直に言って一番、危機感を覚えた時期は、

ステハンでマルチポストの書き込みがあった時…、

私を含めて、特定のブログにされた、あの前後でした。

ステハンの人がどうこう、という表面的な問題ではなく

根底にある、私を圧倒していこうとする根深い現象に

眩暈がしました。

「宗教者」の仮面を付けていても、いざとなれば平気で、

人の嫌がる事をする人達を代表として

会員・非会員の記号を超えて

「人として」「他者の深い痛みに、思いを馳せることが出来ない」

そういう人達に、ウンザリしていたのかもしれません。

あと

人の気持ちを引っ掻き回す、嘘つきとか

それに便乗して「善人」になりたがる感情・その割に無責任…とか

そんなものに振り回されそうになって

歯を食いしばるような感情を押し殺すだけでも

疲弊を覚える自分、擦り減りそうな自分を感じました。

逆に、私自身も、私の痛みしか眼中になかったのかもしれませんが。

ともあれ、自分の中で

「この人達が常日頃、口にしてる

【仏法】【常識】って何なんですか?」

「たかが【私ひとり】理解も歩み寄りも出来ない癖に

【宗教者】ってレッテル、カテゴライズ何の為に

付けたり、分けたりしているんですか?」

とか…

ピリピリした神経の中で、感じていました。

水面下での動向を眺めて

「アンチ創価って言っても、レベルはピンキリなんだなあ」

とか

…今更言うなよ、みたいな事を、今更ながら(笑)考えていました。

どうしても理解出来ない事もありました。

的確な表現が出来なかった位、私には複雑に思えたのです。

そんな葛藤を抱えていた折、何故か唐突に

「原点」に返る事が大事、そういうふうに感じました。

そこに、これから自分はどうするのか、も含めて

答えがあるような気がしたんです。

学会に入信した当時、女子部の先輩に言われた言葉があります。

「ゆっちゃん、迷ったら原点に返ろうね

その為にも、自分の依所を沢山、作っておこうね♪」

「依所は、いっぱいあっていいんだよ♪」

あの日の先輩の笑顔を思い出した時に

自分の行動規範の基軸になる映画を、何回も観てみようと思ったんです…。

人は、善を通そうとすれば、最後まで通す事も出来ます。

例え過去がどうであろうと、変わる事も出来ます。

でも、その過去は、

どんな立場であれ、償って行かないと、いつまで経っても

認めてはもらえないでしょう…。

余程の図太い神経の人以外は、

心に疼くものも沢山あることでしょう。

変わらないのは、本気で「変わろう」と思ってないからだと思います。

(って新年早々、学会指導みたいだなあ/笑)

もう一本の映画では

服役を終えて

3年ぶりに偶然再会した友が

自分の為に報復をした際、片脚まで失くした事を、

はじめて知って

「脚の事は(いつも書いてくれた)手紙に書いてなかったな…」

「そんなにまでして俺の仇を取ってくれたのか」

と涙を溜めて言う主人公に

「あれは俺が勝手にやった事だよ」

って、笑いかける友の笑顔、

あのシーンは、痺れる位かっこいい、そう改めて感じた時に

「自分は、もう、これでいい、これで行こう」

痛感しました。

又、昨年末に、拙ブログで挙げた

「プチ創価学会」の問題で、多くの方から、

心癒されるメールを頂きました。

この場を借りて、改めて御礼を申し上げたいと思います。

本当に有難うございました。

そんな風に「一握りの」「自分を必要として下さる方」の為に

拙ブログを、続けて行く道が出来たような気がしました。

そのうちの御一人の、春田の蛙さんからの文章の一節に

目が覚めるような思いがしました。

ちなみに、ちゃんと御本人から了解は得ているので

どうか皆様、お気遣いなく…。

>そういう人は、たぶん「利他の精神」を履き違えてるんだと思います。

>相手に対してだけ「我を捨てろ」「他を受け入れろ」、

>そんな風に自分の都合で「利他の精神」を押し付けて、

>本音は「私に合わせろ」「私を認めてくれ」「受け入れてくれ」

って必死なように見えます。

>自分のために、周りに「利他の精神」を求めるっていうのかな。

これは本当にそうだと思います…。

私も含めて、常に気を付けて行かなくてはと思うのですが

どうしても、自分の事しか考えていないと

嘘も捏造も、平気になります。

そして、その品のない感情に、他人を添わせる事が

自分の正義になります。

私は思います。

「利他の精神」は、「自他共の幸福」と言う言葉と

同義語ではないでしょうか。

「自分」も「他者」も幸せになれないと

真の幸福とは言えないと思います。

私が幸せにならないと、あなたも幸せになれない。

あなたが幸せにならないと、私も幸せになれない。

そういう事です…。

どちらかが、どちらかに犠牲を強いる関係ではないのです。

「自分のエゴ」を通す為に他者を貶め、傷つけて

得られる「幸福感」は、つまり

【他人の不幸を土台に、自分の幸せを築く】事

そのものでしょう。

これは、学会だけの指導ではなく、全てに言える事だと思います。

そんな嘘くさい幸福感だけを追い求めていく人生なんて

惨め、と言う一言に尽きます…。

もちろん、それはあくまで私が感じる事なので

「惨め」の定義は人それぞれでしょう、

それは否定しません。

でも、本来、宗教って

「他人の不幸の上に自分の幸せを作らない」

為の、色んな道筋であるはずですよね????

難しい教義や、宗教の歴史が何も分からなくても、

そういう素朴な誓願から始まるものって、ありますよね????

今年4月で、このブログ、一年を迎えますが

立ち上げ当初から、記事作成のうちから心がけてきた事

今年はもっと、ハードルを上げようと思います。

(゚ロ゚ノ)ノ

何かって???

(ΦωΦ)フフフ…(笑)

それは秘密♪

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

ゆっちさん
本年も宜しくお願いします。

昨年末にチョコっと書き込みさせて頂いたケバ吉です。

●「原点」に返る事が大事● 
● 自分の依所を沢山、作っておこうね●

これが、今の私にはズキっとしたので(笑)

>「宗教者」の仮面を付けていても、いざとなれば平気で、
人の嫌がる事をする人達を代表として
会員・非会員の記号を超えて「人として」「他者の深い痛みに、思いを馳せることが出来ない」

>たかが【私ひとり】理解も歩み寄りも出来ない癖に
【宗教者】ってレッテル、カテゴライズ何の為に
付けたり、分けたりしているんですか?」

って、くだりに「うんうん!そうそう」ってウチの3世ちゃんのダンナのことだと(笑)思いました。「相手の身になって考えることが出来ない」想像力欠如というか・・・
自分中心で、私にさえ歩み寄れない、私の事を認めたがらない・・・じゃぁ、何で結婚時に私は無理矢理「入会」しなければいけなかったのかしら??

>変わらないのは、本気で「変わろう」と思ってないからだと思います。

これは、耳が痛い(笑)私も3世ちゃんに対して「本気」がないのかもしれん・・・

と、煮詰まっていたところに
「原点」「依所」ってとこに反応したんですよ。
話題の内容は全く違うんですけど・・・

依所かぁ、自分にとって依所。今は何だろう??って

※今は、こうやってコメント書き込みさせて頂くことかな♪

ダンナはきっと「ご本尊」だろうし(笑)
3世ちゃんと判っていて結婚お互いに決めた「原点」って何だったろうって。考えさせられます。

>どちらかが、どちらかに犠牲を強いる関係ではないのです。

あー、なんかこれも我が家に当てはまるぅ(笑)

>私が幸せにならないと、あなたも幸せになれない。
あなたが幸せにならないと、私も幸せになれない。

私は今、この言葉を3世ちゃんに投げかけたい。

脈絡の無い話で、すみません。スルーしちゃってくだせー。


投稿: ケバ吉 | 2007年1月12日 (金) 17時13分

あっケバ吉さん
オヒサ☆^v(*´Д`)人(´Д`*)v^☆オヒサ♪です~
お元気でしたか?

>脈絡のない話

と、ケバ吉さんは仰いますが、私自身が書くこのブログこそ
脈絡なんてないので、どうぞご遠慮なさらず、
思っていらっしゃる事を、どんどん書いて行って下さいませ~


続きは、また明日書かせて頂きますね♪

投稿: ゆっち | 2007年1月12日 (金) 23時08分

ケバ吉さんへ 続きです

昨日は書きたい事がいっぱいありすぎて、上手くまとまらなかったです。正直、今も
うまくまとめる自信がありませんが…。

夫婦って複雑ですよね~、私のところの配偶者も、…前回もそうですが今回も…、たまたま親が御本尊を持っている所の子供なんですね。
要は元ダンが法華講の2世で、現ダンが学会2世なんですけれども…
もう、ホンット、
私の事なんか、ちっとも理解してませんわ…(´・ω・`)ショボーン
「オマエみたいな学会2世は初めてみた!」
とか、よく怒鳴りつけますよ(汗)
夫婦って他人よりも近い所と、他人よりも遥かに遠いとこ共存してますよね。妻の立場って大変なんですよね(笑)。


それはともかく、
>原点
って至極、簡単な事だと私は思ったんですね。
自分の心の一番柔らかい部分で、捉えた時に…何に一番感動したり、何に一番怒りを覚えるか。涙を流す事は、そう多くはない。でも、その「多くはない」事を、もう一回見つめてみたいなあって思ったんです。新年から。

>変わろうとしてない

これって自分の反省でもあるんです実は。毎日、「あたし、こんなんでいいのか~」って思う度に、このキツイ言葉「オマエ、本気で変わろうと思っちゃいないだろ…?」が胸をよぎります。
育児でも仕事でも、この自省の毎日でした。多分、これからもそうでしょう…。
目の前の人が笑ってくれる事、それが子供であったり友人であったり同僚であったり、上司であったり客であったり…(あっ産廃が抜けてる?アハハ…)それだけ考えてたと思います。

ごくわずかな人しかいないんですよね、多分
「私にもケバ吉さんにも、いつも心から笑ってて欲しい」
って思っている人って。
それが普通ですよね。

でも、それでいいじゃないですか。無理して自分を擦り減らして、それ以外の人に「嘘笑い」見せて、その結果「あー、あの人って○○な人だから、こんな事しても言っても平気」とか思われるよりも…
それよりも自分が大事に思える人と、支えあう事を目指す事の方が【シアワセ】になれる気がします…。

>依所はここに書き込むこと

って、ケバ吉さんが仰って下さったこと、すごく嬉しいです。
気持ちの依り所って、何かあった時に支えになる場所ってことだもの…。

私の方が脈絡ない文章になっちゃいましたね…。

ケバ吉さん、こちらこそよろしく御願い致します…!!

投稿: ゆっち | 2007年1月13日 (土) 13時49分

ご無沙汰しておりました。
このゆっちさんの文章を読ませていただいて、何か胸のつかえが取れた感じがしたもので、コメントさせてもらいました。
今、私が戦っているもの…それが「利他の精神の履き違え」によるものであると、思いっきり感じてしまいました。

他人が自分のために合わせてくれる事に対し、感謝の念を忘れてしまうことは、人間として一番してはならない事だと思います。また、合わせてくれる事を当たり前と勘違いする事も、間違いだと思っています。そんな勘違いを正当化し、理不尽な要求を通そうとすることも、許されるべき問題ではないと感じます。

今月末に再度、司法の場に立ち向かいます。その為の資料を現在作成中です。

皆様のコメントを見ながら、正直資料作成時にパクってしまっている私をお許しください。

遅れましたが、本年もよろしくお願いいたします。

投稿: 馬場柵 | 2007年1月14日 (日) 17時05分

馬場柵さん

お久しぶりです~!

馬場柵さんの
>胸のつかえが取れた
との事、こんな拙い文章しか書けませんが、自分にとって凄く嬉しいです!!
ホント…「間違った利他の精神の押し売り」なんて、要らないです…!
恩とか情とか、どうしようもないシガラミを押し付けて来て平気な人達…。
馬場柵さん、大変な時期だと御察ししますが、どうか御体だけはお大事になさって下さいね…!
こんな陳腐な言葉しか言えないけれども、本気です…。

私に元気を与えて下さる、皆様です。
そのうちのお一人である、馬場柵さんに

>皆様のコメントを見ながら、正直資料作成時にパクってしまっている私をお許しください

このような形で、ご恩返しが出来るなら私も嬉しいです…!

暖冬とはいえ、寒くなる時期ですから、くれぐれも御体をご自愛下さいね。精神的な勝負も、体力がなかったら出来ませんもの…

投稿: ゆっち | 2007年1月15日 (月) 21時00分

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